工賃単価17.5%以上アップを求めた日車協連は強欲か?

上のリンクは、主に鈑金塗装工場向けの情報雑誌『BSR』のWEB媒体であるBSRwebの当該記事へのリンクです。
この記事は主に鈑金塗装工場向けとなりますが、「記者発表は知らなかったけど、鈑金塗装工場が値上げする、又は値上げしやすい環境になるのであれば保険料が上がってしまうのではないか」という疑問を持つカーオーナー・カーユーザーが読んでも面白いかもしれません。

BSRwebの記事はやや扇情的なタイトルで、「工賃単価17.5%以上アップを求めた日車協連(日本自動車車体整備協同組合連合会、通称車体協)は強欲か?」となっております。記事を読むと「板金塗装工場の値上げが保険料に与える影響は僅かなので、便乗値上げがあって鈑金塗装業界がやり玉に挙げられる前に記事を書いておいた」(佐野意訳)という内容になっています。

私、佐野も弊社ブログ記事内で、損害保険料率算出機構が出している自動車保険の概況をエビデンスとした情報発信をしておりますが、BSRwebの記事でも、今回の車体協が保険会社に求めた値上げによる影響を損害保険料率算出機構のデータを基に試算しています。

BSRwebの記事内にもある通り、全ての鈑金塗装工場が値上げをするわけでは無いと思われます。
弊社も含めてここ1-2年で大幅に値上げをしている工場が多いものの、自主的な値上げを積極的に行っていない工場もございます。

2024年4月発行の自動車保険の概況を見ても、2018年から2022年で総修理費は1割上昇しています。
2018年から2022年は、保険会社が工賃値上げに対応する際に参照する指標である消費者物価指数(CPI)の上昇率を見ると2%程度です。
つまり、保険会社が鈑金塗装工場に正式に(公に)認めている値上げは、2018年から2022年は2%程度と言えます。

保険会社の支払い修理費について、2018年度版のデータと2015年度版のデータを見ると、
(2013年度版のデータは出し方が異なる気がしますので、同じ文言・フォーマットの2023,2018,2015年度版で比較しました)
・2010年度
対物1件あたり21.3万円車両1件あたり22.0万円
・2015年度
対物1件あたり24.7万円、車両1件あたり27.5万円
・2018年度
対物1件あたり26.7万円、車両1件あたり31.0万円
・2023年度
対物1件あたり30.0万円車両1件あたり34.7万円

以上のデータ掲載されています。自動ブレーキ搭載車両は増えているというのに、年々増加傾向ですね。

毎年10%以上、13年間で対物保険金の支払いは40.8%増加し、車両保険金は57%増加しました。
板金塗装工場は、数十年間工賃の変動が無かったことを考えると、どう考えても
車両構造の変化と、高度化による部品代の高額化の影響が大きい事が分かります。

1件あたりが増加傾向にあるのですから、総額の保険金支払い額はもちろん上がっているはずですよね。
データを見ると、2014年度には対物6,945億円、車両6,712億円となっておりますが、2022年度に対物6,624億円、車両7,958億円です。
12年かけて対物の支払いは減少、車両は上昇していますが、1件あたりの増加率を考慮した時、総支払件数(保険を使うような事故の件数)が減少している(保険を使う事故自体が減っている)という事が分かります。

この理由は明らかで、2015年度概況にも記載がありますが、
事故有り等級という考え方が出来たために、少額で車両保険を使わないという案件が増え平均値が上がっているのが大きな要因で間違いないでしょう。
ちなみに、2022年度は災害が多かった、と記載があります。

また、BSRwebさんの記事では2022年度のデータを引用している対物工賃割合32.3%と車両工賃割合39.6%ですが、同じ計算方法で2014年度では対物工賃割合37.4%、車両工賃割合41.5%であり、
更に「自動車対自動車」と「自動車単独」で2014年度のデータ(P.125)を出すと、対物6,019億円、車両4,521億円、割合で算出すると、工賃は合計4,127.321億円となります。
つまり2014年度と比較すると、鈑金塗装工場に支払っている総工賃は減少していると言えます。
(総保険料も26.21%減少しています)

以上より、鈑金塗装工場の工賃が仮に2022年度から30%値上げして約1,200億円増加しても、保険金支払い全体でみると6%ほどの増加となり、2012年度の総支払保険金程度となります。
しかし、保険料収入は2012年度の方が2022年度よりも少ないので、単純に保険料と保険金の比率だけで見ると、車体協の求める17.5%は保険料を上げる必要は無い、消費者に負担を強いる事は無い程度の値上げだと言えます。

鈑金塗装工場は、板金工・塗装工・整備士の減少により、人手不足の状況です。
打開するためには人件費を増やしたり、効率化のためのDXや設備投資が欠かせませんが、17.5%の値上げですべて解決する問題ではありません。
実際に、ボデーショップ佐野の値上げもこれ以上の上昇幅となっておりますが、ある程度設備・人員を抱えていれば17.5%では足りないでしょう。
ドライバー不足も日本の流通の課題ですが、整備士が不足すれば車検制度の改定(現行を3年2年2年と表すとするならば、5年3年3年等)が必要となり、車検制度を改定すると路上トラブルや事故の増加が懸念されます。
路上トラブルにはレッカー業者、事故の増加は板金塗装工場が関わりますが、ここで現場作業員が全国的に減少すれば、交通の妨げとなる車両移動が困難となったり、修理期間の増加が懸念されます。
自動運転時代になれば、現在よりこまめな整備が必要になると想定され、車検制度の改定は時代にそぐわない状況となるでしょう。

DXや設備による効率化には限界があり、ドライバー不足は自動運転やドローンの進歩が一つのブレイクスルーになるかもしれませんが、整備・鈑金・レッカーはそういう訳にもいかないでしょう。
板金塗装工場の修理供給力が修理需要を上回る状況が続けば、塗装済み部品による取替で塗装作業の不要化と、それに伴う色違いのクレームは受け付けないという世の中になる可能性も考えられます。

「昔は部品が塗装されてなくて、色を合わせる事ができたんだよ」
という世の中にならないためにも、修理供給力を維持するために必要な値上げを、保険会社がどのように捉えてくるのか。

答え合わせが出来る情報が出てきましたら、また記事にしたいと思います。

投稿者プロフィール

shusukesano
shusukesano
2022年7月時点で板金塗装工場のフロント(事故修理担当者)歴16年目。
年間700件近い事故に携わり、事故の総取扱件数は10,000件を超える。
お客様や取引先からはもちろん、同業他社のフロント担当者からの支持も厚く、困ったときは佐野に聞け!という板金工場も多い。
2022年1月に4歳になった娘と家族のため、月間残業時間10時間以下を心がけている。

Tags:

Comments are closed